2002年、『ブリスフリー・ユアーズ』でカンヌに登場したアピチャッポン・ウィーラセタクンは〈ある視点〉部門で最優秀作品賞を受賞したが、その大胆な内容ゆえに本国では検閲にも直面した。その後もタイ映画界は多くの困難に直面し続けたが、数々の映画作家たちの存在によって進化を続けてきた。そして2025年、カンヌ国際映画祭〈批評家週間〉にてワールドプレミアを迎えた本作『ユースフル・ゴースト』は、1987年生まれの新鋭ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督の長編デビュー作にして、同部門においてタイ映画としては初選出ながら見事グランプリを受賞。米アカデミー賞国際長編映画賞にタイ代表として選出され、タイ映画の世界的評価をさらなる高みに押し上げた傑作がついに日本公開を迎える。
2013年、“メー・ナーク”の怪談をリメイクし、タイでメガヒットを記録した『愛しのゴースト』でメー・ナーク役を演じて一躍スターダムにのしあがったダビカ・ホーン。1,800万人超のInstagramフォロワーを抱え、"絶世の美女"の異名を持ち、いまやタイだけではなく国際的に活躍するファッションアイコンとして絶大な人気を誇る彼女だが、今作では「掃除機に宿る幽霊」というさらなる難役を、その圧倒的な存在感と繊細な表現力で見事に演じきった。共演には、ウィットサルート・ヒンマラート(ドラマ「運命のふたり」)、アパシリ・ニティポン(『デュー
あの時の君とボク』『ハッピー・オールド・イヤー』)ら実力派が名を連ね、現実と夢のあわいを漂う物語に揺るぎないリアリズムをもたらしている。
タイでは誰もが知る怪談「メー・ナーク・プラカノーン」(死後も現世にとどまり、夫と禁断の愛を深めていった女性“メー・ナーク”にまつわる物語)に着想を得たという本作は、亡き妻が掃除機に宿って夫の元へ戻ってくるという奇想天外な設定を起点にしながら、記憶と忘却、個人と社会、愛と有用性といったテーマへと静かに深度を増していく。幽霊が日常に存在する世界で、人間社会の価値基準や倫理がいかに恣意的なものであるかを浮かび上がらせると同時に、「記憶すること」がひとつの抵抗ともなり得ることを示唆する。コメディ、ロマンス、ホラー、SF……様々なジャンルを軽やかに横断しながら、環境問題や労働、政治的抑圧といった現代社会の歪みに鋭く切り込むその手腕は、アジアのみならず欧米の映画祭・批評家からも強い支持を獲得した。ジュリア・デュクルノー『TITANE/チタン』の衝撃、ウェス・アンダーソンの鮮やかで緻密な映像美、アピチャッポンの持つマジックリアリズムを引き合いに語られ、「まるでヨルゴス・ランティモスがタイに移住したかのようだ」(Screen
Daily)とも評された唯一無二の味わいをその目で確かめてみてほしい。すべてが結びつくラストには、驚きとともに深い感動が待ち受けている。
わたしたちが愛と呼ぶもの。その対象は人の身体なのか、それとも心なのか。この映画は、言うなれば人体愛中心主義に対する、エキセントリックな革命だ。
荒木駿
編集者
面作りは終始美しく、しかし内容や展開は、チープだったり、下品だったり、コミカルだったり、重かったり、悲しかったり、おバカだったり、怖かったりと、とにかく気持ちを上下左右に振られて、その遠心力でフラフラにさせられながらも、その軸は画面の美しさで繋ぎ止められていて。気持ちよく日常から異世界へ連れて行ってもらったそんな映画でした。
牛木匡憲
画家
きれいはきたなく、きたないはきれいで、とっても不安なはじまりながら、それはきちんと解消され、解消されるはずもなく、全てはあるべきところに収まり、収まるわけもなく、忘れ難い印象が、この映画を忘れるなと叫ぶ。
円城塔
作家
粉じんが舞う。これを吸い、吐く。その意味作用を梃子にして、モニュメントの撤去が、工場労働者の死が、かつての虐殺が、おどろくべき手腕で架橋される。きわめて正統的で型破り、実験的で性的で猟奇的で娯楽的。ジャンルは融解し、想像だにしない景色に誘われる。なんて魅力的で、クィアな作品なのだろう。
小田原のどか
彫刻家・評論家
どうして魂だけではなく、肉体をもって生まれてきたのだろう? 夢は体験や見聞からのみ編まれるのだろうか? 記憶は誰のもの? 掃除機に憑依して夫と再会したナットは「愛の力で私はこの世に戻れた」と言った。愛とはなんだろう? 鑑賞後にはボディ、ソウル、スピリットの境界が曖昧になり、きっと確かめてしまうだろう——家にあるあらゆる家電を。
越智康貴
フローリスト/作家
どこから話そう。『ユースフル・ゴースト』は、スクリーンに映るすべてに、怒りや悲しみ、そしてそれを超越する可笑しみを纏った、驚くべき作品だった。
金子由里奈
映画監督
このとても「奇妙な(クィアな)」初長編作は、現実と幻想、ローカルとグローバル、ジャンル映画とアートハウス、同時代性と映画史を対立するものではなく溶けあうものとして堂々と差しだした一本だ。それはわたしたちが囚われている通念や常識をかき乱し、新しい感覚へと導くだろう。
木津毅
映画ライター
掃除機に取り憑いた幽霊の物語は思わぬところへ観客をいざなう。クィアな磁場の中で語られる幽霊譚は我々に強く訴えかけてくるのだ。忘れるな、暴力を、忘れるな、犠牲者を、と。
近藤銀河
美術史/ライター/アーティスト
僕も、もし死んだら、愛する人の目の前に、掃除機にでもなって現れたくなるはず。でも、相手のためではなくて、きっとそれは自分のため。この世への執着と後悔を抱えた、忘れられたくない人間たちの物語でした。
清水文太
スタイリスト/コラムニスト/クリエイティブディレクター
「権力によって殺された労働者の霊が家電になってセックスする映画」…何を言っているのかわからない!が、クソつまらなく残酷なシステムに対しての、死してなお続く愛と闘争の物語が、生者の我々に乗り移る。強権政治の前にあまりにも小さく透明な我々は、しかしそれを見ようとするものさえいれば、そこには確かに力が宿る、生き続ける。「いい霊」でいる必要は、多分ない。
super-KIKI
アーティスト
バンコクを長年悩ます粉塵公害で亡くなった妻が
夫の元に掃除機として戻ってくる
物語はタイにおける権力と政治的抑圧へとめぐり
その話を聞くアカデミックなレディボーイを通し
ジェンダー規範や経済格差といった
タイに通底する諸問題やおおらかさの矛盾をも
ダイナミックに繋ぎ合わせようとしている
プロットは複雑なのにトーンはあくまでも静謐に
ファンタジー、ラブロマンス、政治ドラマ、B級ホラー
さまざまなジャンルを飲み込んでいく
こんな型破りな映画 観たことがない!!!
鈴木みのり
作家
目に見える人生
目に見えない人生
一緒に生きていく
お互い影響しあっていく
目から隠れたホコリは
掃除すれば
気持ちよく息ができる
タムくん
漫画家
お辞儀してるような掃除機のポスターを映画館で見て可愛らしくて興味を持った。ラッキーなことにオンライン試写で観ることができたが、ポスターからの印象を遥かに超えた物語は不思議で、ロマンがあって、哀しくて、容赦なくて。実は何回か巻き戻した。映画館でもう一度一気に観たい。巻き込まれたいし笑いたい。笑ってていいのかも確認したい。
藤井隆
コメディアン
掃除機が病院へ面会に行くシーンで、こんなにも心を揺さぶられるとは思いませんでした。霊が身近に存在するこの世界へ、私も行ってみたい。なぜ掃除機だったのでしょうか。汚れを取り込み、周りをきれいにする存在。ぜひラストシーンまでご覧いただき、その問いをもう一度胸に抱いてみてください。
ランディ エクストラバガンザ
振付師